東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3679号 判決 1966年2月28日
原告 中野四郎
被告 国
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者の求める裁判)
一 原告
1 訴外吉田屋布団店株式会社が訴外株式会社吉田商店の滞納国税につき昭和三〇年一一月一四日新潟税務署長との間においてなした納税保証契約を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨。
(当事者の主張)
第一請求原因
一 原告は昭和三〇年四月ころから訴外吉田屋布団店株式会社(以下、吉田屋布団店という。)と取引関係にあつたが、同年七月ころには約束手形金債権六、三五九、四二六円および立替保険料債権一四四、五二九円等の債権を有し、同年一二月一九日新潟簡易裁判所において成立した裁判上の和解(昭和三〇年(イ)第四八号約束手形金事件)において右債権は確認されている。
二 訴外株式会社吉田商店(以下、吉田商店という。)は、昭和二七年ころから営業不振で、昭和三〇年一一月ころには営業も休止し、かつ何らの資産もなく、同月一四日現在別表記載のように本税額だけでも合計六六八、一四二円にのぼる滞納国税があつた。
三 吉田屋布団店は、昭和三〇年一一月一四日当時、資産としては別紙物件目録記載の建物一棟を所有するのみであつたのに対し、負債としては右建物に根抵当権の設定されていたものだけでも訴外東光商事株式会社(以下、東光商事という。)に対し金五〇万円、訴外五十嵐忠司に対し金三〇〇万円、訴外協和信用株式会社(以下、協和信用という。)に対し金二〇〇万円の各債務を負担し、そのほかに前述のとおり原告に対して金六五〇万円以上の債務を負担していて、完全に債務超過の状態にあり、原告に対する右債務の全額はおろか一部の弁済すら困難であつた。
四 しかるに、吉田屋布団店は、吉田商店の前記滞納国税につき徴収猶予を求めるため、昭和三〇年一一月一四日新潟税務署長に対し保証書を提出して右滞納国税の納付を保証する旨の契約(以下、本件納税保証という。)を締結した。
五 しかしながら、第三項で述べたように、吉田屋布団店は当時債務超過の状態にあり、原告に対する前記債務の全額はおろか一部の弁済をすることも困難であつたのであるから、本件納税保証によつて原告の右債権が害されることは明らかであつたのであり、しかも吉田屋布団店はこのことを知りながら、本件納税保証をしたのである。そして、右納税保証の結果、吉田屋布団店の唯一の資産であつた前記建物は公売され、その公売代金は吉田商店の前記滞納国税等に充当せられ、原告はいまだに右債権の弁済を受けることができない。
よつて、原告は詐害行為取消権に基づき本件納税保証の取消しを求める。
第二被告の答弁及び主張
一 請求原因第一項記載の事実は知らない。同第二項記載の事実のうち、原告主張のような滞納国税のあつたことは認め、その余は知らない。同第三項記載の事実のうち、昭和三〇年一一月一四日当時吉田屋布団店が別紙物件目録記載の建物以外に資産を有しなかつたこと、同社に対し東光商事が金三二四、四五二円四五銭の、協和信用が金二〇〇万円の各根抵当権付債権を有していたことは認め、その余は知らない。同第四項記載の事実は認める。同第五項記載の事実のうち、本件納税保証に基づき吉田屋布団店の右建物が公売せられ、その公売代金が吉田商店の滞納国税等に充当されたことは認め、その余は争う。
二 吉田屋布団店は、昭和三〇年一一月一四日当時別紙物件目録記載の建物以外の資産を有しなかつたが、右建物が本件納税保証に基づき昭和三四年六月一三日公売された時の公売価格は金二、〇八七、〇〇〇円であつたから、昭和三〇年一一月一四日当時の右建物の一般担保価格も右相当額と考えるべきである。
ところで、仮りに吉田屋布団店が本件納税保証をしなかつたとしても、同社に対しては、原告の債権に優先する債権が左記のとおり合計金二、八七三、〇一六円四五銭以上あつたのであるから、いずれにしても原告の債権が弁済を受ける余地はない。したがつて、本件納税保証は、何ら原告の債権を害するものではない。
記
1 吉田屋布団店の滞納国税 金 一四六、五〇九円
2 同社の滞納県税 金 三四四、四二五円
3 同社の滞納市民税 金 五七、六三〇円
4 東光商事の根抵当権付債権 金 三二四、四五二円四五銭
5 協和信用の根抵当権付債権 金 二、〇〇〇、〇〇〇円
三 原告の詐害行為取消権は時効によつて消滅している。すなわち、被告は本件納税保証に基づき昭和三一年四月一三日吉田屋布団店所有の別紙物件目録記載の建物を差し押えたのであるが、原告は、昭和三二年一月一七日右建物について任意競売の申立てをするとともに、同月二三日所轄関東信越国税局係官に対し公売の促進方を申し入れ、同時に本件納税保証にかからない滞納国税について何らかの名目で原告が納付することを申し込んでいるのである。したがつて、原告は遅くともこの時にすでに本件納税保証がなされたことを知つていたのである。よつて、原告の詐害行為取消権は、昭和三二年一月二三日から二年を経過した昭和三四年一月二三日に時効により消滅した。
第三被告の主張に対する原告の反論
一 被告は、別紙物件目録記載の建物の昭和三〇年一一月一四日当時の価額は公売価格と同額の金二、〇八七、〇〇〇円であると主張する。しかし、右建物の公売価格が金二、〇八七、〇〇〇円であつたことは争わないが、右公売価格は差押え、操業停止により企業としての生命を失つたものの価格であり、本件納税保証当時の右建物の価額はかように低額なものではない。
二 原告の詐害行為取消権が時効により消滅したとの主張は争う。原告が本件納税保証の事実を覚知したのは昭和三四年一一月ころのことであり、本訴はそれから二年以内に提起されているから、原告の詐害行為取消権は消滅していない。
証拠<省略>
理由
一 吉田屋布団店が昭和三〇年一一月一四日新潟税務署長と本件納税保証をしたことは当事者間に争いがなく、また原告が右当時吉田屋布団店に対し約束手形金債権、立替保険料債権等合計金六五〇万円以上の債権を有していたことは成立に争いのない甲第三号証によつて明らかである。
そこで、次に、本件納税保証が原告の右債権を害するものであるか否かについて検討する。
二 昭和三〇年一一月一四日当時吉田屋布団店の資産は別紙物件目録記載の建物だけであつたこと、そして右建物が昭和三四年六月公売されたときの価格が金二、〇八七、〇〇〇円であつたこと、吉田屋布団店は昭和三〇年一一月一四日当時東光商事に対し金三二四、四五二円四五銭及び協和信用に対し金二〇〇万円の債務を負つていたことはいずれも当事者間に争いがない。そして、吉田屋布団店は右当時原告に対しても金六五〇万円以上の債務を負つていたこと前記認定のとおりであるから、そうとすると、前記建物の価格をいかに高額に見積つても吉田屋布団店は昭和三〇年一一月一四日当時すでに債務超過の状態にあつたものと認めるのが相当である。しかして、成立に争いのない甲第一号証に弁論の全趣旨を綜合すると、吉田商店は本件納税保証によつてその滞納国税について一時徴収猶予を得たが、一時的な徴収猶予を得たからといつてこれを納付する資力もその当てもなかつたので、結局わずか五か月ほど後には本件納税保証に基づき吉田屋布団店がこれを納付しなければならないことになり、昭和三一年四月一三日前記建物の差押えを受けるに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、右のような状況のもとにおいて、吉田屋布団店が本件納税保証をしたことは原告の右債権を害するものであるといわなければならない。
被告は、昭和三〇年一一月一四日当時吉田屋布団店に対しては原告の債権に優先する債権が合計金二、八七三、〇一六円四五銭以上あつて、原告の債権が弁済を受ける余地はなかつたから、本件納税保証は詐害行為にならないと主張する。しかしながら、債務者に物的担保の設定された財産以外に一般財産がなく、そのため債権者が債権の弁済を受ける余地が全然ない場合であつても、債務者の行為(それが積極財産の処分行為にしろあるいは債務負担行為であれ)によつて債権者が将来において弁済を受けうる可能性が一層少なくなるときは、債務者の当該行為は詐害行為になるものと解すべきである。けだし、債務者の行為当時には債権者が弁済を受けることができない場合であつても、将来債務者が資力を回復することによつて債務者の右行為がなかつたならば債権の全部又は一部の弁済を受け得られたであろうような状態がおこり得ないともかぎらないのであるから、そのような場合にそなえてあらかじめ(詐害行為取消権は取消しの原因を覚知したときから二年、行為のときから二〇年を経過すると消滅する。)債務者の当該行為を取り消すことは債権の保全のため必要欠くべからざることであり、債権者が債務者の行為当時債務者の当該行為がなかつたならば債権の全部又は一部の弁済を受けうる状態にあつたかどうかによつて詐害行為取消権の行使に差別を設けるべき実質的理由もないからである。そして、本件納税保証によつてそれだけ吉田屋布団店の債務が増加し、原告の債権が弁済を受ける可能性が一層少なくなつたことは明らかであるから、本件納税保証が詐害行為になることは明らかであり、被告の右主張は失当である。
しかして、特段の事情のないかぎり、債務者は自己の財産状態を熟知しているものと認めるのが相当であるから、吉田屋布団店も自己が債務超過の状態にあり、本件納税保証によつて原告の債権が弁済を受ける可能性が一層少なくなることを知りながら、すなわち本件納税保証が原告の債権を害することを知りながら、本件納税保証をしたものというべきである。
三 次に、被告は、原告の詐害行為取消権は時効によつて消滅したと主張するので、この点について判断する。
原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証の二、成立に争いのない甲第三号証、乙第四、五号証、証人初谷春治、同清水明夫の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は遅くとも昭和三二年一月二三日までに本件納税保証の存在及びこれが原告の債権を害するものであることを知つていたものと認めることができ、右認定に反する証拠はない。そうとすれば、原告の詐害行為取消権は右日時から二年後の昭和三四年一月二三日の経過とともに時効によつて消滅するものであるところ、原告が本訴を提起したのが昭和三五年一一月二六日であることは記録上明らかであるから、原告の詐害行為取消権は時効によつてすでに消滅していることになる。
四 よつて、原告の本訴請求は、詐害行為取消権の消滅後に提起されたものであるから、この点において失当として棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高林克已 矢口洪一 石井健吾)
物件目録<省略>
別表<省略>